第224回 福知山城

友人が「日本百名城探訪」に夢中になってる。

 

100名城は城郭愛好家や専門家の審査によって選ばれました。
2007年から100名城のスタンプラリーが始まって、すべてのスタンプが揃ったときは、日本城郭協会に

スタンプ帳を送ると「祝登城完了の印」と登録順位を記して送ってきてくれはるのんやて。

 

 

京都で100名城に選ばれてるのんは二条城やけど「続日本百名城」には福知山城が選ばれています。

 

来年の大河ドラマの主人公明智光秀が築城しやはったお城で来年になったら混み合うやろ。今のうちに

行きまひょとでかけました。

 

福知山城での光秀の在職期間はわずか3年間やったのに、地元では大人気で「光秀くん・ひろこさん」の

パネルが置いてある。光秀てこんなお笑いの顔とちゃうんちゃうかと思いつつ、天守へあがると

福知山の街が一望できる。

 

 

光秀は税を軽くしたり、氾濫をくり返す由良川の治水工事をするなど善政を敷かはった。

 

   月さびよ明智が妻の咄(はな)しせむ   芭蕉

 

話はとぶけんど、芭蕉が伊勢におまいりしやはったとき芭蕉の弟子の夕幻(ゆうげん)という人の家に泊まりました。

貧しいにもかかわらず夕幻夫婦のあたたかいおもてなしを受けて芭蕉はこの句を詠んだそうな。

 

「美しい月明かりのもとで明智光秀の妻の話をいたしましょう」という意味の句です。

 

光秀が出世する前、貧しい生活をしていました。
主人のために来られた客におもてなしをするお金がない。
それで妻は長く美しい黒髪を売ってお金にかえ、お客をもてなしたと伝わってます。

光秀は一生そのことを忘れずひろこさんだけを愛しました。

 

なんで自分をとりたてた信長を本能寺で討ったかはいろいろ説があるけど、領民にも慕われ、

正直でエエダンナやったんに違いおへん。

 

 

光秀が城を築く折に、石材・木材を運ぶ人たちがドッコイセドッコイセとおもしろく歌いだしたのが

福知山音頭の始まりと言われています。

次のような歌詞です

 

   △明智光秀丹波を拡め
    ひろめ丹波の福知山

   △お前見たがやお城の庭を
    今が桔梗の花ざかり

 

福知山城はもうすぐ整備にはいるそうな。
光秀の家紋は桔梗です。きっと桔梗をいっぱい植えはるのやろな。

 

 

6月2日は本能寺の変です。
光秀三日天下といわれ、信長を討って天下人になってからわずか13日に秀吉に討たれてしもた。

 

この本能寺の変がなかったら歴史はどう変わってたんやろ。

信長の息子はんはさほど優秀な人がいるとも思えへんさかい、息子の代で○○の変がおこったかも???

 

とにかく厄祓いにはみな月を食べるのんが一番。
戦のない世の中が一番です。

 

ほなこの月もめでたし、めでたし。


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