第218回 かつら饅頭

はや12月、年賀状を書きながら平成最後の年賀状やなあとしみじみと思ってます。

 

平成は国の内外天地とも平和に成るという意味があるそうな。
昭和は国民みんなが平和に世界の国と共に繁栄を願うという意味なんやて。

 

昭和は日本の歴代元号の中では一番長う続きました。

62年と14日やということです。

 

昭和天皇の皇后様は久邇宮のご出身で97才と最長寿でいらっしゃった。
その久邇宮家の方は中村軒のかつら饅頭がお気に入りで、久邇宮家御用達の掲板をいただいています。

 

 

かつら饅頭は「米(よね)まんじゅう」ともゆうて、創業者のお姉さんのお米さんの
「甘いお饅頭を食べたらひとつでうんざりするやろ、あっさりした薄味のお饅頭を
 こしらえたら、もうひとつ欲しいなあとおもわはったら、2倍売れるさかいな」

という言葉から生まれたお饅頭です。

 

 

このときの話ですが「久邇宮家御用達のお墨付きをいただけまへんやろか」と二代目龍太郎が願い出た

ところ、昭和9年8月5日に宮邸まで取りに来るようにとのお知らせがありました。

 

参上する手土産は何がええやろと思案の末、地元でとれた西瓜がええやろと農家中村房次郎さんにお願い

にあがって、タクシーが来てから切ってもろて、5個持参しました。

 

8月の一番暑いさなか紋付の羽織袴で参上。
宮邸で差し出すと「西瓜に注射(薬物)なんかしてへんやろな」と一切れ切って毒味しやはったらしい。

 

宮さんが、お前のとこの饅頭はあっさりした甘さやさかいたんと食べられる、と喜んでいただいたそうです。

 

皇后さんが幼いころ過ごされた久邇宮邸は現在『KKR京都くに荘』という国家公務員の福利厚生の一環と

して運営してるホテルになってます。

 

 

私が寄せてもろてる俳句会は今年このホテルで新年会をしています。
ご縁があるというのんはありがたいことです。

 

入口には皇后様の歌碑があります。

 

   鴨川のほとりにいでて
   ながめやる
   荒神橋はなつかしきかな

 

 

荒神橋は京の七口の一つ荒神口にあります。

近くに火の神さんの清荒神護浄院があることから、荒神口・荒神橋の名が付きました。

 

安政2年(1855年)、皇居が火事になったときに、天皇さんが移らはるために架けはった橋で、

勤皇橋、幸橋とも言われました。

この橋から北白川から志賀峠を経て、びわ湖、西近江と繋がります。

 

皇后様も荒神橋の由来などきかれて成長されたことでしょう。

 


昭和は遠くなりにけりですが、次の時代になっても、お米さんのあっさりした
皆さんに喜ばれるお饅頭を作っていきます。

本年もありがとうございました。
新しい年もどうぞよろしくお願いいたします。

ほなこの平成もあと少し
めでたし、めでたし。


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