第62回 終い弘法(東寺)

東寺

「弘法さんが晴れると天神さんが雨。弘法さんに雨が降ると天神さんが晴れまっせ」
毎月毎月おんなじことをおばあちゃんに聞かされて大きなった。

法然上人の大ファンのおばあちゃんも21日の弘法さんの日にはおまいりにいかはる。
特に12月は終い弘法で賑わいます。
弘法大師は3月21日になくならはったんで、毎月21日を縁日として門前に大きな市が立つ。

東寺東寺

おまいりはさておき、縁日に行ってあれこれひやかしながら買物するのんが楽しみやったにちがいおへん。
弘法さんに行っとうみやす。一枚百円の古い着物から何万円もする鎧、古いお雛さん、仏さんの横には木の靴。
何もかもごちゃまぜで並んでまっせ。

私は李朝の青磁がえらい気に入って出店の前を行ったり来たりうろうろしてたけんど
「又そんな古いお皿買うてきて、家がどんなけ狭いかわかってんのんか」とガミガミ言われる言葉がちらついてやめてしもた。
植木市もたんと出てて「5000円のクコの木が2000円。2000円にまけとくで〜」という言葉にうかうかつられて買うてしまう。

東寺東寺

京都では弘法さん行ってきますゆうたらこの市のことをゆうのんで「ええもんみてきとうくりやす」と返事が返ってくる。
「きよみずさん行ってきます」ゆうたら「ようお詣りやす」

最近まで私はお大師さんゆうのんは空海弘法さんのことをゆうのんやと思てたら

   最澄さんは伝教大師
   法然さんは円光大師
   親鸞さんは見真大師

と大師ゆうのんは偉大な尊師ゆうことやった。

「大師は弘法に取られ太閤は秀吉に取られる」とゆうことわざがあります。
弘法さんの奇蹟伝説はいっぱいあって、泉を湧き出させはったり、病気を直さはったり雨を降らさはったり。
書道も大得意で、昔大内裏の南面した門には弘法さんの書かはった額が掛かっていました。

「小野道風がこの額を見上げて『美福門は田広し朱雀門は米雀門(福ゆう字は田が広すぎる朱ゆう字は米みたいでっせ)』と
 いわはった途端、中風にかかって動けんようになったゆうことえ。そやさかいバチあたりなことゆうたらあきまへん」と
 おばあちゃんはゆわはる。

私はこれはウソや思てます。
弘法さんみたいな天才がこんな枝葉のことでバチをあてはるはずがない。
おばあちゃんはいつもゆうてるやないの「神さん仏さんはおかげはくれはるけどバチは当てはらへん」
あとさき矛盾してまっせ。

平安京の大極殿から都をつらぬく朱雀大路には羅城門がありました。
黒沢明監督の映画「羅生門」のファンやった私は、ここまで来たんやし羅城門を見よやないの、と地図を見てると
タクシーの運転手さんが

「どこまで行かはるのん?」
「羅城門てここから歩いていけますか?」
「すぐ近いけど門も何もあらへんで」

羅城門跡

羅城門は980年の暴風雨で倒壊したまま再建されへんかった。
唐橋児童公園の中に鉄柵でかこわれた石碑があるのみ。昔はどろぼうのすみかとなっていたそうやけど、その片鱗もない。
ほな羅城門の西側に東寺と一緒に建てはった西寺をみてこ、と出かけたけんど西寺跡と書かれた石碑と柱の跡が
枯草に埋もってるばかりでございました。

   西寺跡冬日のつつむ礎石かな 優江

西寺跡羅城門跡

東寺の賑わいの中を出て衰微した西寺の跡に立つと何とももの悲しい。世の中はだんだんと移り変わる。
昔は12月に必ず仲人さんやらお稽古の先生とこへ持っていった「ことはじめのお餅」の注文もあらへん。
「こころみ餅」も「雨気の星さん(京都でよく使うことばで、ほんまのちょっととゆう意味)」ほどの注文しかいただけへん。
こんなしゅんとしたことゆうたらあかんな。弘法さんはいつも前向きなお方やったんや。

12月はお餅やらおまんが美味しい月です。
12月に作る黒豆の大福は丹波の黒豆のはいったお餅で、あっさりしてて私はなんぼでも食べられる。

「六方焼と合わせて人さんにもろてもろたらえらい喜んでおくれやした」とお客様からありがたいお話を聞かしてもろた。

神さん仏さんお客さんのおかげで今年も無事に美味しいお餅を搗くことが出来ました。

「来年もよろしゅうに」と弘法さんにおたのみしてまいりましたんで中村軒のお菓子お餅はますますおいしゅうなること間違いなし。

ほな今年もめでたしめでたし

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