第202回 憑(たのみ)の節句[八朔]

八朔(8月1日)は田実(たのみ)の節と言われてて、昔は稲の初穂を御所へ献上し豊作を願う行事がありました。

田の実は「頼み」に通じるさかい、たのむところの人、たとえば主人や師匠にお礼をし、

贈物をする祝儀の日ィやった。

 

「もとはこの日ィから御中元の挨拶を始めたんでっせ」とおばあちゃんは言わはる。

 

現在でも祇園花街では舞妓はん芸姑はんが礼装で芸事の師匠やお茶屋はんに挨拶してまわらはる。

『年中行事むかしむかし』という本には鎌倉時代のおわり頃、憑の節句が公家の間でもさかんに

行われるようになったと書かれてる。

 

家康が江戸に入場した日が8月1日やったさかい、江戸時代徳川家では憑の節句を派手にしやはって

贈答品も刀や馬と記録にあるらしい。

 

庶民は紙やろうそくを贈物にしやはった。

電気のない時代ろうそくは必需品やったし、紙も高価なもんやったに違いおへん。

 

P1010505.jpg

 

今は御中元にろうそくを頂くことはないけど、8月のお盆にはお精霊(しょらい)さんがかえってきやはるのんで、

私は和ろうそくを買います。

 

和ろうそくと洋ろうそくとの違いは洋ろうそくが石油から取れるパラフィンであるのに対し、

和ろうそくは櫨(はぜ)の実から取る植物性の蝋(ろう)であることです。

 

P1010482.jpg

 

一本ずつ手作りで炎が大きゅう揺らぎ消えにくいし、ススも出えへん。

ろうそくをつけて仏さんの前に座ると炎の揺れでゆっくり心が癒やされていきます。

 

手作りのろうそくを作ったはるとこは少なうなったけど、京都駅近くの丹治蓮生堂で分けていただきます。

お店には赤いろうそく、白いろうそくが並べてあった。
赤いろうそくは浄土真宗で使われ、お寺のお堂で灯されると美しく見える赤、やそうですよ。

 

P1010499.jpg

 

ろうそくに火を灯し、お迎えだんご。お餅を供えて先祖さんをお迎えします。

わが家の先祖さんの好物はかつら饅頭やったさかい、必ず供えますねん。
そして日々の感謝をお伝えするのです。

 

 

どうぞこれからもおいしいお餅・お饅頭が作れますようにおたのみ申します。

16日は五山の送り火で佛はんが十万億土のお浄土へかえらはる。

 

   燃えさかり 筆太となり 大文字   山口誓子

 

中村軒の前の桂大橋から送り火の大の字が拝めます。
この日は夜9時頃まで店をあけてます。

かき氷、ひやしあめなど、どうぞおあがりやす。

 

お盆が終ると空の色も風の音も秋の気配となってきます。
栗の実もそろそろ実りはじめるやろ。

夏も無事に過ぎようとしています。

 

ほなこの月も、めでたしめでたし。


第157回 鉄輪(かなわ)

ロンドンに住んだはって京都出身のエッセイスト入江敦彦さんが京都へ帰ってきやはったとき、
「こんど初めて小説を書きます。小説の内容が町家カフェ『サロン・ド・テ鉄輪』の女主人の
ところへやってくるいろんな人達の物語です。
そこはコーヒーやおうすとお菓子を出す喫茶店で、その和菓子を中村軒さんで作って頂けませんでしょうか」

入江さんはものすご丁寧にしゃべらはる方で、初めてお逢いした時から
「近年珍しいお人やわあ」という印象が強かった。

京都でいう気ィ使いの方で、あんだけお門(かど)がお広いのに(京都ではお付き合いの広い人の
ことをお門のお広いという)、忙しいスケジュールの中、京都へ帰ってきやはったら必ず中村軒に寄ってくれはる。

「うちでお役に立つことやったら何でもさしてもらいまっせ」とひきうけてしもた。

下京堺町松原に今も鉄輪の井戸があります。
火鉢や囲炉裏において、やかんや鍋をかける三本足の五徳のことを鉄輪とよんでいました。



昔ある女が自分を捨て他の女と結婚した夫を恨んで鬼になり憂き人を思いしらせんと、
貴船神社に丑の刻詣をしていると、
「鉄輪を頭にのせ、三本の足に火をともし、怒りの心をかきたてると鬼になれる」とお告げがあります。

夫はそれ以来、悪夢に苦しみ安倍晴明に占うてもらうと、今夜命を失うということです。
それで調伏の祈祷をすると女の鬼が現れ、夫を連れていこうとしますが、三十番神に追われ
苦しみながら去っていきます。

この話が能にも取り入れられてよりこの井戸水を飲むと相手との縁が切れると遠くから井戸水を
汲みにくる人があるけんど、今は枯れて井戸だけがのこっています。



昔習うてた謡の本の鉄輪を読みかえしてみると、この鬼になった女の人があまりにもかわいそうすぎる。

臥したる男の枕に寄りそひ
いかに殿御よ珍しや恨めしや
御身と契りし其の時は玉椿の八千代
二葉の松の末かけて変わらじとこそ思ひしに
などしも捨て果て給ふらん
あら恨めしや捨てられて捨てられて
思ふ思ひの涙に沈み人を恨み
夫をかこち或時は恋しく又恨めしく
起きても寝ても忘れぬ思ひの因果は今ぞと



愛情が深いさかい憎しみも深いのやろ。
私が可愛そうと涙してるのにウチのダンナは
「捨てられるような魅力のない女になりさがったんやろ。どっちが悪いともイエン」なんて言いよる。

清明はんも女の人の苦しみをこそ助けたげたらええのに、なんで嫁はんを捨てたヤツのために
祈祷するんや。
この物語を書かはった観世さんも男やさかい、男の都合のエエ話になってるんちゃうか。
もう男はアカン

入江さんの小説『サロン・ド・テ鉄輪』にも男女とはかぎらず、人間の悲しみ、どうにもならへん
愛憎の話が綴られています。

引き受けたお饅頭は井戸の形をした薯蕷で、豌豆の餡で水をイメージし、真ん中をへこました中に
青豌豆が一粒浮かしています。
「玉ゆら」と名付け12月はじめまで販売する予定です。



玉ゆら、とは玉が触れ合うてかすかに音を立てることから、ほんのしばらく間という意味にとられています。

辛いこと、腹立たしいことがあるとき、ほんのしばらくの間、ちょっと一服してお菓子とおうすを
いただくとすうっと気持ちが静まりまっせ。

中村軒スタッフ一同、玉ゆらはじめおいしいお菓子を用意して皆様をお待ち申し上げております。

ほなこの月も、めでたしめでたし。

第59回 お東さん(東本願寺)

「夏に前の川(桂川)でせんど魚とって殺生したさかい、お彼岸さんにはしじみ買うて来て川へ放したのんや」
とおじいちゃんは言わはる。川も汚うなってるさかい、去年放した「しじみ」はどないなってるのやろ。

お彼岸はお日さんが真西に沈まはることからいつからか西にあるとゆう極楽浄土にいはるご先祖を偲ぶ日ィになったという。
こんな風習は世界中で日本だけにあるらしい。中村軒でもお彼岸の入りからおはぎやおけそくさんをこしらえます。

中村軒のおはぎ

「しのぎようなりましたなあ。仏さんにお供えするおけそくさんおくれやす」京女の優しい言葉が店先に聞こえてきます。

おけそくさんは仏さんに供える小さいお餅で華足とかきますけんど、もともと華のような彫物がある机やら台のことです。
次第にそれが仏前に供える物を盛る台のこととなり、またまた供物そのもんをゆうようになったそうな。
とにかく仏さん関係の言葉はむつかしい。

京都弁は「お」やら「さん」を付けて呼ぶもんがたんとあります。
おだい(大根)、おなす、お餅、お水、おとうふ、マンマンさん、天皇さん、皇后さん、あめさん、おひいさん、松尾さん

「お」も「さん」も両方つけるもんもあって、おあげさん、おたまさん(卵)、おかいさん(おかゆ)、お豆さん、お湯葉さん、
お芋さん、おにっさん(西本願寺)、おひがっさん(東本願寺)

昔の人は身のまわりのもんにもいとしげに呼んで大事に生活を楽しんだんに違いおへん。

お彼岸が近づいてくるとおぶったん(お仏壇)の掃除をする。
仏さんのお茶碗が欠けてたりすると、おひがっさん(東本願寺)の門前に買いに行きます。

ここらは名前も珠数屋町通りゆうて仏具屋はんがずらりと並んでます。
「結婚するとき、お念珠をここのお店で買うてもろた」と思いながら仏さんのお茶碗を買うと、
お線香をくれはった。これも京都らしい心ばえやと心あたたまりました。

東本願寺東本願寺

このあたりは古い街並みが続いてますけんど懐かしう思うのんは「詰所」と呼ばれる旅館が残っていることです。

お東さんはこれまで4度も火事におうてはる。
明治28年の再建の時は全国から75万人もの門徒さんがお手伝いに集まってきやはった。
その方達の宿泊所となったんが「詰所」です。詰所はその後も報思講や御遠忌の法要のたんび使われたそうです。
「どなたでも泊まれます」と書いてある詰所もあってほほえましいと思いました。

東大寺の大仏殿は日本一の大仏さんを入れるための建物ですが、東本願寺は日本一の信者さんを
入れることのできる世界第二の木造建築です。

東本願寺

明治の造営では伐り出した巨木を女の髪の毛を集めて作った毛綱で曳かはった。
全国から何と53本の毛綱が寄進されたそうです。

明治ゆうたらまだまだ女にとって髪の毛は命の次に大切なもんやったのに、本山のために喜んで髪を切らはった
何千人という女の信者さんがいやはったんや。

「御堂はいつ出来るかわからん。それまで命があるやろか」と思わはった老女達が切らはった髪の毛で作らはった
白い毛綱もあったんえ、とおばあちゃんからとくと聞かされてました。

今も本堂のガラスの中には大切に毛綱が残されています。

東本願寺東本願寺

401畳の畳が敷かれてる阿弥陀堂は一生をかけて信心に過ごされた方もお座りになってるし、
私のように「ちょっと涼ましてもらお」と座ってる不心得者もいます。そんな私にすら深い深い安らぎを与えてくれはる。

建物全体からくる充足感が心を沈めてくれはるのか、ほのかにゆれてる灯が気持ちをなごませてくれているのか。

いやいやこれはいつも走り回ってる私へのみほとけさんのお慈悲に違いおへん。

   涼しさや身を沈めゆく阿弥陀堂 優江

渉成園

お東さんの近くに渉成園とゆう名勝があります。ここはもと嵯峨天皇の皇子源融の六条河原院のあとと
伝えられています。

渉成園

極楽浄土とはこんなところかと相棒とめぐらせてもらう。

門徒物知らずゆうのんは門徒物忌み知らずがほんまの意味で縁起をかついだり、まじないや迷信に
頼らんとあみだぶつを信じ世のため人のために生きまひょ、というのが宗風です。

渉成園渉成園

熱心な信者やったおばあちゃんも今は浄土から下界をみおろし、赤う染めた毛の女の子をみて
「このつぎ毛綱がいるときは赤毛の毛綱をご寄進してもらお」と思てはるやろか。

あみださんにおいしいおはぎが作れます様お願いしましたさかい、お東さんのおかへりには
ぜひ中村軒でおはぎをどうぞ。

ほなこの月もめでたしめでたし。

続きを読む >>

| 1/1PAGES |

過去の記事

エリアごとに見る

関連記事

recent trackback

関連書籍

関連書籍

関連書籍

関連書籍

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM